Profile

1910年

6月18日、青森県 東津軽郡 中平内村 字小湊(現、平内町 小湊)で生まれる。
父は高橋定吉、母はまんで、2男、2女の末子。
本名定蔵(さだぞう)。
父は弘前の出身で、歌がうまく、小湊で唄会(興行)をしたこともある。

1911-12年

2、3歳のころ、麻疹をこじらせて半失明。
当時は様々な病気で失明する子供が多かった。

1913年

青森県は三分作の大凶作。

1917年

小湊尋常小学校(現・平内町立小湊小学校)に入学。
目が見えないことを理由にいじめに合い、3、4日行っただけで、やめてしまった。
10歳頃には、ボサマ *1 が回って来ると、面白がってその後について歩いた。

*1 ボサマ:主に、津軽や南部地方で、各家々を門付けしてなにがしかの金品(主に米)を恵んでもらって生活していた盲人男性。

1924年

11月、隣り村 藤沢のボサマ戸田重次郎の住み込み弟子となり、三味線と唄を習った。

1925年

photo弟子入りしてからひと月ほどして正月を迎え、師匠夫婦に連れられ青森周辺で初めて門付けした。
その後、北海道や秋田方面を一緒に歩き、函館では、戸田の師匠にあたる梅田豊月と出会い、
その音色に大きな感銘を受けた。

1926年

10月、師匠の許しを得て独立。以後、独りで各地を歩いた。
1930(昭和5)年まで、北海道、秋田、岩手、青森の各県を門付けして生計をたてた。冬期間は青森市の映画館の楽隊に雇われたり、三味線がだめな時は飴売りや大道売りなどをした。

1928年

親の紹介で3歳年下の娘と結婚し、子供も生まれたが、生活が苦しく、1年余りで妻子と別れた。

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